早逝

 
 十八代目・中村勘三郎が亡くなられました。
 五十七歳は、あまりに早い死ではないかと思います。
 救いがあるとすれば、息子が六代目・中村勘九郎名跡を継いでおり、中村屋の血統が途切れることなく、済んだことでしょうか。
 六代目に嫁いだ前田愛さんは、しっかりした性格の持ち主だと思いますし、立派に梨園の一郭を担っていけるだろうと思います。
  
 実は私、五代目・中村勘九郎だったころの勘三郎さんと、肩を並べてお酒を呑んだことがあります。
 いま、六代目が襲名披露をしている京都・南座ちかくのショットバーでのことでした。
 若い私にとっては、年に何度か、思いきって散財しに行く店だったのですが、勘三郎さんにとっては当然のことながら、行きつけのお店のようでした。
 お店に電話が掛かってきては、マスターが苦笑まじりに、
「五代目、○○(お茶屋さんっぽい名前)の女将が、お待ちしてますって言ってらっしゃいますよ」
 と伝え、勘三郎さんが、
「あら、ここに居るの、もうバレたのかぁ」
 と頭を掻く繰りかえしでした。
 そのうち、綺麗どころの芸妓のお姐さんたちが数人、つれだって現われ、
「もぉ、五代目ってば、こないなところに隠れてはって……あてら、ずいぶん探しましたんえ♪」
 と華やかな嬌声とともに、勘三郎さんを囲んでお店を出ていきました。
 勘三郎さんは、
「ごめんねぇ、マスター」
 と手を振り、マスターも、
「いえいえ、またお待ちしてますから」
 と笑顔で返事をしていて、すごく良い雰囲気だったんです。
「やっぱり雰囲気からして違うかたなんですねぇ」
 と呟いたら、マスターが、
「そりゃあねぇ、なにしろ役者さんですからねぇ」
 と言ったときの『役者さん』ということばの響き、今も忘れません。
 普通の俳優さんとかを表わすことばではなく、まさに歌舞伎の舞台に立つ人のことを指す『役者さん』でした。
 
 六代目の勘九郎氏が精進を重ね、いつか、十九代目・中村勘三郎名跡を継ぐことができれば……と思います。
 それを楽しみに──
 ご冥福をお祈りいたします。